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種まきの巻?――平坂読、カントク『妹さえいればいい。』の感想

※ネタバレを過分に含むので、ご注意ください。

 

僕は友達が少ない

平坂読僕は友達が少ない』(2009) は美少女が嘔吐する場面から物語が始まる。三日月夜空柏崎星奈が闇鍋をきっかけに吐く。たしか遊園地に行く話でも吐いていたか。今回とりあげる『妹さえいればいい。』でも美少女が嘔吐する場面があって、『僕は友達が少ない』を意識させているのかなと読んでいて感じた。ちなみにどちらもギャグシーンである。

他に嘔吐する美少女が出てくる作品といえば、知っているのは入間人間嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん』(2007) と、あと調べたら『俺の脳内選択肢が、学園ラブコメを全力で邪魔している』(2012) でも嘔吐の場面があるらしい。前者はトラウマに関するシーンで、後者は『僕は友達が少ない』と同じくギャグシーンで使われている。

ところで、ギャグシーン以外で嘔吐する場面というのは何が想定されるだろうか? 個人的にはホラーやスプラッター、あと嘔吐であっても (であるにも関わらず) 、セクシャルな場面になる可能性もあると思う。それは嘔吐に性的興奮を感じるというより、嘔吐するような環境か、嘔吐するほどの行為に、どこか不気味で薄暗い禁忌的なイメージが自分の中にあるからではないかと思う……初っ端から汚い話で申し訳ない。

このままだと『妹さえいればいい。』の感想が嘔吐で終わりそうなので、もうちょっと違う感想を以下に述べていこうかと思う。

 

 

小説家の物語①、羽島伊月

『妹さえいればいい。』(2015) を読んだ。作者は『ラノベ部』(2010)『僕は友達が少ない』で知られる平坂読で、表紙および挿絵はイラストレーターのカントクが担当している。『僕は友達が少ない』では主人公羽瀬川小鷹による一人称だったが、『妹さえいればいい』では『ラノベ部』同様に三人称で話が進行していく。

中心となる人物は小説家の羽島伊月で、彼の周囲にいる人物 (家族や小説仲間、出版関係者、それから大学の同級生など) が主な人物として登場する。血の繋がっていない弟の千尋、伊月の小説を読んで創作を志した天才小説家の可児那由多 (※ペンネーム) 、伊月とは同期の売れっ子小説家の不和春斗 (※ペンネーム) 、担当編集者の土岐健次郎、伊月の過去作の挿絵を担当していたイラストレーターの恵那刹那 (ペンネームは「ぷりけつ」) 、伊月とは大学の同級生の容姿端麗な白川京、伊月の税管理をする税理士大野アシュリー。あと名前が明らかにされていないが、春斗の妹が出てくる。

こう登場人物を列挙してみると、名前だけ見ても男か女かトランスジェンダーなのか判らない人物が多いなと思い返される。この中で女は那由多、京、アシュリーで、男は伊月、千尋、春斗、健次郎、刹那である。

『妹さえいればいい』のタイトルが示すように、主人公の伊月は妹にたいして異様な執着心を持っており、自身の書く小説に無理やりでも妹を出すことに一種のこだわりを持っている。もっとも、実際に妹が欲しいわけではなく、あくまでフィクション上の妹にこだわりを持っているようである。

 

「……オレにもリアル妹いるけどさ、ぶっちゃけ妹なんてそんないいもんじゃないぜ? オレがなにをするにも文句ばっか言うし、すぐに手が出るし、オレの本読んでキモイとかつまんねーとか言いやがるし、オレのインタビュー記事読んでウザいとかキモいとか言うしマジへこむわ」

「馬鹿め! 貴様の妹の形をした汚物と、俺の妹を一緒にするな!」

 

妹への固執が災いして、伊月の小説の企画書は作中次々と没にされていく。一巻だけでも『鮮紅の魔狩人 (仮) 』、「めっちゃすぐに死ぬスペランカー妹」、『ジンベエザメ妹 (仮) 』

の三つのアイデアが没にされている (読み落として、もっと没にされていたかもしれない) 。今後も没ネタをやるのかは判らないが、創作意欲となっている伊月のフェティッシュさが、創作の障壁となる展開なら面白いかなと思っている。

 

「お、汚物……!? いくらなんでもそこまで酷くはねえよ! オレの妹だって昔はけっこう可愛かったし、ちょっと前にオレが風邪ひいたときはゼリー買ってきてくれたし……つーかお前、妹いねえじゃん!」

「いやいる!」

「えっ!?」

「俺の心の中に!」

 

小説家の物語②、可児那由多、不破春斗

『妹さえいればいい。』には伊月の他に、可児那由多と不破春斗という2人の小説家が登場する。2人ともペンネームで本名は明かされていない。まず那由多から。彼女が (極度の緊張から) 伊月にゲロを浴びせた人物で、春斗からは「ゲロ多」と呼ばれている。

 

那由多が伊月を好きになったのは、15歳――高校1年生のときだった。

学校で酷いいじめに遭って引きこもりになっていた那由多は、たまたま伊月のデビュー作を読んだ。

 

伊月と那由多には共通した経歴があって、小説家になる過程で学校を中退している。伊月は大学を那由多は高校を中退して執筆生活に移行した。それからイラストレーターの刹那も高校を中退している。これは今後取り上げられる要素になるかもしれない。

那由多は3人のなかで最も才能ある人物と説明されていて、弱冠18歳ながらすでに自作小説の映像化の話も来ている。しかし、那由多は伊月と関わる時間が減るからとの理由からメディアミックスを断る。那由多の創作意欲は伊月 (やその周囲) への固執にあるようで、それが仮に崩壊した場合に彼女がどういった反応を示すのかは、おそらく今後示されるのではないかと予想している。

一方、春斗は伊月や那由多とはまた別種である面が強調されている。

 

 作家には大きく分けて自分の感性を武器にする「芸術家」タイプと、市場で求められているものを分析し計算して書く「職人」タイプがある。

 

伊月や那由多が前者の傾向が強いなら、春斗は後者の側面を過分に持っている。春斗は前者にたいしてコンプレックスを抱いている。その関係でいえば、『妹さえいればいい』には出てくるのは伊月と知り合ってある程度経過した人物ばかりで、出会いについては回想シーンで描写がされている。そのためか、すでに人物間同士に心づもりが生まれている。伊月は小説家として、京は恋敵として那由多にコンプレックスがある。いずれは爆弾となって破裂する要素になるかもしれない。

 

語り手について

『妹さえいればいい。』は三人称視点で物語が進行していく。一口に三人称と言っても様々で、カメラで撮影するように無機質な場合もあれば (横光利一「蠅」など) 、人格 (のようなもの) を持っていて登場人物を冷やかす場合もある (芥川龍之介羅生門」など) 。癖のある三人称で思い出されるのは、たとえば沖田雅オオカミさんと七人の仲間たち』のシリーズで、この語り手も登場人物に茶々を入れる場面があった。確か。

『妹さえいればいい。』の三人称は、少なくとも無機質なカメラのような視点ではない。わかりやすいのはたとえば次の文章。

 

 したがって作家にとっては、遊んだりゴロゴロしたりすることもまた、大事な仕事なのである。本当なんです信じてください。

 

三人称の語り手に肉体はないが、この表記からすると語り手が作家である可能性が高い。そのようには捉えず、作者の平坂読が作品内作者として物語に介入してきていると読む人もいるかもしれない。どちらにせよ、この語り手には作家的性格がある。それを隠そうとはしていないし、むしろ前面に出てきて主張している風でさえある。

だから感想を見ると「エッセイ的」「半エッセイ」という言葉が出てくる。平坂読の実体験や考えが反映されているという見方だろう。なら『妹さえいればいい』は「小説を借りた平坂読の半エッセイ」かと言われると、それは違うんじゃないかと思う。あくまで「エッセイ的」な要素があるとも受け止められる程度の話じゃないだろうか。

 

種まきの巻?

全体の印象としては、伊月と伊月の周囲の顔見せの巻なのかなと思った。最後に落ちがあるが、小説内でとくに表立った事件やトラブルなどは起こらないので、展開としては落ち着いていて派手派手しさはない。まったりと読みたい人にはいいかも知れない。

一方で、伊月への行為を那由多に隠している京の存在や、ちらほら見え隠れする登場人物たちの影の部分など、今後の展開の種となる要素はところどころまいている面もある。『涼宮ハルヒの憂鬱』(2003) や『バカとテストと召喚獣』(2007) ように、それだけで単独した話と読めるのとは少し異なる印象を持った。『冴えない彼女の育てかた』 (2012) の1巻ほどではないが、続巻ありきの話なのではないかと思われる。シリーズものはディアゴスティーニよろしく、1巻から右肩下がりの売り上げになるのが基本らしい。そんななか、『妹さえいればいい。』の1巻は、なにがなんでも読者に残ってもらおうという印象はなかった (この辺りは異論反論が出るかもしれない) 。

おそらく、ある程度は1巻で見切られるのも考慮しているんだろうと考えている。続巻に期待している身としては、これは種まきの巻だったのではないかと推察する。嵐の前の静けさなのか、それともただ静かに進行していくのかは、現時点では憶測の域を出ない。

 

主な感想は以上だが、気になったところをふたつ、ついでに触れておく。

 

ついでの話①、表記について

舞台が学校ではなく、登場人物の平均年齢が20歳前後ということが関係しているかは判らないが、性的な用語はとくに伏字にはなっていない。一方で「とんだ変態……いや、完全にキ●ガイじゃねえか!」のようにキチガイは伏字になっている。出版社ごとの規制ワードのリストがあったら見てみたいと思った。

 

ついでの話②、気になる一文

春斗は所属していたTRPGのサークルが崩壊してしまった過去があり、その話を伊月に話したさいに、春斗は次のように言っている。

 

「それは恐れ多いからやめてくれ。なんやかんやでちゃんと隣人部を守れた小鷹さんと違って、俺はサークル崩壊を止められなかったしな……。……ただなんとなく、久しぶりにプレイ本を読んだら思い出したから話しただけだよ」

 

小鷹が隣人部を守った? こう書いているということは、最終的に隣人部は崩壊せずに済んだということなんだろうか。それとも『妹さえいればいい』に出てくる『僕は友達が少ない』はifなんだろうか。『僕は友達が少ない』の今後が気になる (気にさせる) 一文だと思った。

ところで続巻が出る前提でいろいろを書いていたが、続巻が出るんだろうか。

 

妹さえいればいい。 (ガガガ文庫)

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