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読書感想ブログ「一匹の犬になれ」

読んだ本の感想&おすすめしたい本の紹介などをするブログ

文庫化されなかったのにはそれなりの訳がある――舞城王太郎『暗闇の中で子供』の感想

 

①ボロ雑巾のように使い古されたメフィスト賞談義でも

アンチミステリ+ファミリーサーガな小説『煙か土か食い物』でメフィスト賞をかっさらい作家デビューした舞城王太郎は、メフィスト賞出身の成功者と言えるだろう。京極夏彦に味を占めた講談社は、京極のように小説を持ち込んでくる人物、つまりは二匹目のドジョウを狙っていた。そうしたら本当に森博嗣という最高のドジョウが現れたので、彼のデビューに箔を付ける意味も込めてメフィスト賞を設立した、という話はとても有名だ。

しかし、その後のメフィスト賞全体の方向性 (というかイメージ) を決定づけたのは『姑獲鳥の夏』『すべてがFになる』ではなく、蘇部健一六枚のとんかつ清涼院流水コズミック』辺りだというのも有名であろう。それくらい『六枚のとんかつ』『コズミック』の二作は変わった作品だったし、多くの人に「あの小説は変だった」と語らせる力を持っていた。ついた称号は地雷それから壁投げ本。ただし、それらは単なるネガティブな称号ではなかったし、ネガティブな称号が不利に働くものでもないのはよくある話だ。

事実、これらメフィスト賞初期受賞作は熱狂的なファンを生み出し、その内の一人が後のメフィスト賞作家西尾維新になるのだから、おそらく講談社としては儲けもんだっただろう。受賞後の行方不明率が高い芥川賞などに比べると、生き残り率が高いという話も時折見聞きするし。

 

 

 

②ミステリ舞城と純文学舞城

舞城王太郎は『煙か土か食い物』(2001) で第19回メフィスト賞を受賞する。多くのメフィスト賞作家と同じく、デビュー後舞城は『熊の場所』(2001)『世界は密室でできている。』 (2002) 『九十九十九』(2003)『山ん中の獅見朋成雄』(2003) などの初期小説を講談社ノベルスから出版する。ただ、舞城が他のメフィスト賞作家たちと異なっていたのは、三島由紀夫賞を受賞した『阿修羅ガール』(2003) を皮切りに、純文学畑のほうに進出していったことだろう。その後発表した作品のうち、『好き好き大好き超愛してる』(2004)『ビッチマグネット』(2009)『短編五芒星』(2012)「おいしいシャワーヘッド」(2012) は芥川賞候補となっている。(いずれも落選している。なぜか池澤夏樹山田詠美が舞城を推しているが、他の選者は乗り気じゃなかった。)

もっとも、舞城という人は、はじめからどちらの方面 (ミステリ/純文学) も目指していたのかもしれない。デビュー作『煙か土か食い物』の作風からしてそのような印象がある。『煙か土か食い物』はアンチミステリ的に進行する現在時点の物語と、主人公奈津川四郎が語る家族の歴史物語の、ふたつの物語が同時進行していく形式をとっている。アンチミステリ的な物語のほうはメフィスト賞好みなテイストだが、家族の物語のほうはなんとなくだが純文学が好みそうな印象がある。ふたつの物語が同時進行していき、最終的にひとつの物語となっていく構成は村上春樹を思わせる。

デビュー作には作家のすべてが詰まっている、というのはややオカルトの入った話だが、舞城のその後の方向性は『煙か土か食い物』に示されているのではないか。

 

③文庫化されない続編と文庫化されたスピンオフ

煙か土か食い物』はその後、続編『暗闇の中で子供』(2001) が執筆され、スピンオフとして『世界は密室でできている。』(2002)「イラストーリー二郎」(2004)「駒月万紀子」(2004) が出されたので一連のシリーズを「奈津川サーガ」と表現することがある。ただこれらの作品、現在入手しやすいのは文庫化されている『煙か土か食い物』と『世界は密室でできている。』くらいで、講談社ノベルス止まりの『暗闇の中で子供』とそもそも単行本未収録の「イラストーリー二郎」「駒月万紀子」は掲載された雑誌『ファウスト』を中古で手に入れるしかない。Amazon等、通販があるからマシだが。

わたしが舞城を読みはじめたのは、これらの作品が発表されたそのずっと後だったので、作品リストを見て最初、どうして直結の続編扱いの『暗闇の中で子供』の文庫がなく、『煙か土か食い物』との関係でいえばスピンオフな『世界は密室でできている。』が文庫化されるのかが謎だった。舞城の作品全体からして、講談社ノベルスから唯一文庫化されてないのがこの『暗闇の中で子供』だ。わたしが舞城の著作を集めるなかで『世界は密室でできている。』は簡単に見つかった。しかし『暗闇の中で子供』はブック●フや中古屋では見つからなかったので通販で中古本を買った。(前の持ち主のレシートが入っていたのが面白かった)

買って来て、さっそく『暗闇の中で子供』を読んでみた。読み終わると、文庫化されなかった理由がなんとなく判った。講談社が文庫化に踏み切らなかったも理解できる。売れる見込みがなかったのだろう。おそらく『煙か土か食い物』や『世界は密室でできている。』と同じものを期待して読むと、出鼻をくじかれるだろう。この小説は物語として破綻している。めちゃくちゃなことになっている。裏表紙の煽りにはこんな一文がある。

 

――いまもっとも危険な小説がここにある!

 

確かに危険だ。はじめから破綻した物語を狙って書かれているのだから。

 

④『暗闇の中で子供』

前作『煙か土か食い物』では「連続主婦殴打生き埋め事件」というひとつの事件を追っていく話だったが、『暗闇の中で子供』には複数の事件が連続して発生する。主人公は奈津川四郎からその兄、ミステリ作家の奈津川三郎にバトンタッチする。その物語の進行は「ある特定の物事は、際限なくどんどん悪くなるものだ」という三郎の言葉が端的に示している。前作で解決した「連続主婦殴打生き埋め事件」の模倣犯が現れるところからはじまるが、暴力の連鎖は解消されるどころか物語の進行と共に激しくなっていき、三郎の周囲の人物や三郎自身もどんどん酷い目に逢っていく。

隣町である西暁町で起こった「連続主婦殴打生き埋め事件」に感化された高野祥基は、模倣犯となって連続殺人を犯し、その過程で高校生の橋本敬を殺害する。橋本のガールフレンドで傷心の少女ユリオを三郎らが保護するが、三郎はユリオの暴力性を救済できず、ユリオが両親を殺害するのを止めることが出来ない。「連続主婦殴打生き埋め事件」で昏睡していた被害者の意識は戻らず次々と死に、被害者のひとりである三郎の母奈津川陽子は何者かによって連れ去れる。四郎は瀕死の重傷を負い、三郎は四肢を切断される。こうして奈津川家は荒廃する。『煙か土か食い物』で得られたと思われた救済は、こうした事後の物語によってずたずたに引き裂かれてしまう。

……という筋書きの小説を三郎が書いているのが『暗闇の中で子供』である。この小説のなかで起こっていることのほとんどは、ミステリ作家三郎によるフィクションだ、とするのが一般的な解釈であるらしい。『暗闇の中で子供』は「ONE」から「NINE」の全9章から成り立っているが、「THREE」以降はすべて三郎の創作と見なす見解が多い。その前の章「TWO」の冒頭部分は三郎のちょっとした小説論になっており、そこで三郎は次のように主張する。

 

ある種の真実は、嘘でしか語れないのだ。

 

はじめに論を提出し、その具体としてのフィクションを描き出すというのが『暗闇の中で子供』である。この物語が嘘であることを、三郎は至る所で暗に主張している。まず『煙か土か食い物』と比較すると、明らかに現実味のうすい話が頻出する。腕に小さな子宮が出来て転生した父親を妊娠する少女が出てくれば、オゾンによって巨人化した人間が登場する。それから矛盾する描写、橋本敬の死因が食い違っているのもこれが嘘の物語だからである。さらにパロディ。「SIX」で、三郎の身体に十何年もメスが置き去りにされていた話が出てくるが、これは手塚治虫ブラックジャック』に出てくる有名なストーリーのひとつである。

そして結末部分。三郎はここでこれが、自身によってどうにでも終わらせることが出来るフィクションであることを大々的にする。なにが真実であるのか、まったくわからなくさせてしまう。この個所は舞城の新作「淵の王」に出てくるフレーズ「いいか!物語では最後の最後、唐突な展開で文脈をぶっ飛ばして何かが起こることだってあるのだ」を連想させる。

三郎は作中、自分の弟が解決した事件 (『煙か土か食い物』) をフィクション化することを断念した、と述べているが、『暗闇の中で子供』=三郎の創作説に乗っかれば「『煙か土か食い物』の続編」は執筆していたことになる。となれば、三郎の興味は事件そのものではなく、事件以後ということになるのだろうか。終わりの続き。はなからどうとでも終わらせることのできる展開、予定調和でないもの、唐突な展開で文脈をブッ飛ばして何かが起こる可能性があること。それに講談社は文庫化しないよという回答を突きつけたのか。

 

⑤一郎メインの話は出るのか出ないのか

さて、ここからはより個人的な『煙か土か食い物』の感想。本作には、三郎の同級生である女の子猿江楓が登場するが、楓は舞城作品の登場人物で気に入っているキャラクターの1人だ。なんで三郎が楓になびかないのか謎である。ユリオはそんなでもない。『ディスコ探偵水曜日』の梢と並んで、舞城の描いた女性のなかでは好きなんだけれど。

 あと、奈津川兄弟のうち唯一メインのストーリーの無い一郎に、今後何か進展はあるのかないのか。別になくても構わないけど、あったら嬉しくはある。

 

 

暗闇の中で子供 (講談社ノベルス)

暗闇の中で子供 (講談社ノベルス)